生き方の選択肢を共有する
小説には、中学受験を途中で諦めた家族も描かれている。その家族では、勉強しない息子と勉強させたい母親の関係が日毎に険悪になっていた。それを見かねた父親が母親に内緒で息子を連れ出して、山登りに出かけた。山の上で男同士が話し合い、中学受験をやめる決断をした。結局地元の中学に通い、楽しくやっている。母親も「歩いて行けて、授業も行事も部活も税金のお世話になれて、栄養バランスばっちりの給食付き。なにげに最良の選択だったよ」とあっけらかんと語る。山から帰ってきた父親は、母親に「山登りの鉄則は、危険を感じたら引き返せ」と語った。登山の経験のある父親のこのセリフは、印象的であり、中学受験にのめり込む親子が心にとめておくべき言葉である。
この受験から「脱落」した家族のエピソードは、受験に向けて緊張が高まり、読んでいて息が詰まりそうになる小説の終盤で救いとなっている。この息子は、親に抗議するために塾のテストを白紙で提出するなど「肝が据わっている」ところがある。彼は、この時点で塾や受験を相対化する視線を持っている。だからこそ、父との話し合いで受験のレールからすんなり降りることができた。また父も、母と子の様子を冷静に観察して、これ以上は危ないというタイミングで子供を母から引き離すことができた。そのような親子は実は少数派なのではないか。
中学受験を子に進めようとする親は、大なり小なり、先述した思い込み、つまり私立中学に行くことが人生の可能性を広げ、幸せにつながるというイデオロギーに縛られている。実はこのイデオロギーが一番やっかいかもしれない。これを解体するには、中学受験以外に、いくつもの幸福の道筋があることを親と子が普段から共有しておく必要がある。
※NetGalleyに掲載された作品を書評した


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