【短歌解説】やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君 与謝野晶子 表現技法・意味・品詞を解説

うつむく女性与謝野晶子
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やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君

与謝野晶子『みだれ髪』

歌意・現代語訳

熱い血が通う女の体に触れさえもしないで、道理を説明するあなたは寂しくないのですか。

語句・表現技法と解釈

この歌の語り手は女性であると解釈した。そうすると「やは肌」は、柔肌(やわはだ)であり、つまり、女の肌、体のことになる。「あつき血汐」は熱い血のこと。「ふれも見で」は触れもしないで、という意味。ここまでで、「熱い血の通う女の体に触れもしないで」という意味になる。「さびしからずや」は、さびしくないのですか、という疑問の意味になる。「道を説く君」の「道」は、道理や正論のこと。「説く」には説明する、言い聞かせるの意味がある。問いの相手である「君」は男である。

「さびしからずや」で切れる四句切れ。通常なら、「道を説く君(は)さびしからずや」という語順になるところ、「さびしからずや」を前に出す倒置法を使っている。それによって作者の主張である「さびしからずや」が強調される。1901年(明治34年)に刊行された歌集『みだれ髪』に収録された一首。

文法・品詞分解

文法的なポイントとなるのは、「ふれも見で」「さびしからずや」だろう。

「ふれも見で」を品詞分解すると「ふれ+も+見+で」となる。
「ふれ」は、動詞「触れる」の連用形
「も」は係助詞。係助詞「も」にはいくつかの意味があり、判断しずらいのだが、ここでは類推の「……さえも」という意味で使われていると考えられる。

「見(み)」は補助動詞「みる」の未然形「み」。補助動詞は、その動詞の本来の意味がうすれて、直前の文節に意味を添そえる働きをする動詞のこと。形式動詞とも呼ばれる。

「で」は、打ち消し接続助詞「で」、「…ないで」「…ずに」という意味。未然形に接続する。ここでは、補助動詞「み」の未然形の後に「で」が来て、「みないで」あるいは「みずに」という意味になる。
以上から、「ふれも見で」は「ふれさえもしないで」という意味になる。

「さびしからずや」を品詞分解すると「さびしから+ず+や」となる。

「さびしから」は、シク活用形容詞「さびし」の未然形「さびしから」。
シク活用とは、語尾が「しく・しく・し・しき・しけれ・○」と変化するもの。これに補助活用カリ活用を加えると、「しく(しから)・しく(しかり)・し・しき(しかる)・しけれ・しかれ」と変化する。
「ず」は、打消し助動詞「ず」の終止形で「…ない」の意味。
「や」は疑問係助詞で、「…か」「…だろうか」の意味。

以上から、「さびしからずや」は「さびしくないのだろうか」という意味になる。

また 「ず」 には反語の「…(だろう)か、いや、…ない」の意味がある。この意味で解釈する場合、 「さびしくないのだろうか、いやさびしいはずだ」 となる。

歌の情景

この歌が描く情景を現代に置き換えるなら、不良っぽい女子が、ガリ勉タイプの優等生の男子を小バカにしている場面とすると分かりやすい。中学や高校のクラスでよく見かける光景ではないだろうか。

例えば、女性と交際したことのない優等生の男子が、女子に向かって

「君のような男女交際は不純だ。そんな男とは分かれたまえ。学生の本分は学業にある」

などと言って、道理を説いているのである。

すでに男の体を知っている女子が、それを受けて、

「勉強ばかりしてないで、もっと楽しんだらいいのに」

と皮肉っているわけだ。

女子は、年上の男とつきあっているらしく、影であれこれと噂をされていると想像する。彼女から見れば、勉強ばかりしていて女を知らない優等生は、あわれでかわいそうな存在である。上から目線で「ふん、女の体も知らない、童貞のくせに」と鼻で笑うのだ。今風なら“マウントを取っている”と表現するのだろう

作者の与謝野晶子は奔放な女だった。歌集を出版した時、彼女は22歳だったが、後に夫となる与謝野鉄幹と不倫関係にあった。そんな晶子に、道を説きたがる男は何人もいたにちがいない。ここで歌われる「君」のモデルについては研究者の間でも諸説あるらしい。私は、この歌の「君」には、晶子にしたり顔で「女はこうであるべきだ」と語った全ての男たちの像が重なると考える。「さびしからずや」とは、そうした男たちに向けた鋭い批判の言葉である。

トヨタのCMで真木よう子がつぶやく

晶子の思いとは関係なく、この歌が表現した女の心情は、商品のイメージを訴求する際に効果を発揮するようで、いくつかのテレビCMで使われている。こうしたCMを通してこの歌を記憶している人も多いようだ。

2013年に放映されたトヨタのハイブリッドカーSAIの30秒CM(「恋歌篇」2013)でこの歌が使われた。

夜の港に止められた赤のSAI。助手席に座る真木よう子が、晶子の短歌をつぶやき、運転席の男に向かって
「分かるでしょ。口説きなさいってこと」「いじわる」
と語りかけると、夜の闇に「いい男には、色がある」の文字が表示される。カメラが切り替わり、真木が両手を目に当てて、双眼鏡を覗くような謎のポーズ。真木の「いじわるしちゃうから」というセリフの後、ライトを点灯した車が、夜の街に向けて走り出す。

環境性能を追求した車のスタイリングは、空気抵抗を抑えるために直線的なラインが目立ちやすい。スポーツカーなど曲線が強調される車に対して、ハイブリッド車は見た目の魅力は劣ってしまう。このCMでは晶子の歌を使うことで、優等生的な印象のエコカーに官能的なイメージを付加することを狙ったと思われる。

サントリー レゼルブのCMで歌われる

調べると、1982年に放映されたサントリーのワイン「レゼルブ」のCMでも使われていた。

CMの冒頭、若きナスターシャ・キンスキーが踊り、曲が流れる。シーンが替わり、走り寄った女と男が木の下で抱き合うと、曲に合わせて「やわ肌の~」と歌われる。画面には、歌の文字。再度、キンスキーの踊る場面からグラスにワインを注ぐシーンへと移り、森山周一郎の渋い声で「人は美しく生きて サントリーワイン レゼルブ」というナレーションが流れる。最後に、キンスキーらしき声が「Yes,I do.」とつぶやく。1分のCMということもあり、映像の使い方にゆとりがあり、歌もゆっくりと歌われている。

森山は俳優でドラマや映画に多数出演しているが、声優としての仕事も多くジャン・ギャバンやチャールズ・ブロンソンの吹き替えのほか、宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』で主役ポルコ・ロッソの声を担当したことで知られえる。2021年2月に他界した。CM曲は、五輪真弓が作曲し、ジャズボーカリストの中本マリが歌っている。

与謝野晶子の代表的な短歌

その子二十櫛に流るる黒髪のおごりの春の美くしきかな

清水へ祇園をよぎる花月夜こよひ逢ふ人みな美くしき

ゆあみして泉を出でし我が肌に触るるは苦るし人の世の衣

いとせめてもるゆるがままに燃えしめよかくぞ覚ゆる暮れて行く春

春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ

与謝野晶子の短歌「その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな」の解説は以下に書いた。

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