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【解説】ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく 石川啄木 意味・表現技法・文法

停車場(駅)短歌
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石川啄木の短歌「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」の解説。地方から都会に出て、孤独をかみしめている人にとって心にしみる歌だろう。啄木が詠んだ「ふるさと」は、優しく包み込んでくれる一方で、弱い者を冷たく突き放す場所でもあった。

歌人・石川啄木(1886-1912年)の第一歌集『一握の砂』(1910 〈明治43〉年、東雲堂書店)に収録された一首である。歌集では以下のように三行分かち書きで表記されている。

ふるさとのなまりなつかし
停車場ていしゃばの人ごみの中に
そをきにゆく

石川啄木『一握の砂』

読みと歌の意味

歌の読みは以下の通り。

ふるさとの/なまりなつかし/ていしゃばの/ひとごみのなかに/そをききにゆく

ふるさとの訛(なまり)を無性に懐かしく感じるときがある。そういうときには停車場に行って、人込みの中で訛を聴く、という意味である。

語句・文法

次に語句と文法について解説する。

「なつかし」は形容詞「なつかし」の終止形。文字通り「なつかしい」という意味。
「そ」は、代名詞で「それ。そこ。その人」の意味。ここでは、「ふるさとの訛」を指している。
「停車場」は、駅の古い言い方。明治の停車場に入ってきたのは汽車である。

表現技法・句切れ

「なつかし」で切れる二句切れ。

表現技法としては、「三行分かち書き」「破調」「脚韻」の3つが使われている。

「三行分かち書き」は、歌の表記法である。短歌は、1行で表記するのが一般的。『一握の砂』では、全ての歌で三行分かち書きを採用している。この表記により、視覚的に短歌よりも通常の詩に近い印象になる。歌集が出版された当時は、三行分かち書きの啄木短歌は読み手に新しい短歌として受け取られたと推測できる。またこの表記には、三十一音の中で、物語展開や場面転換を視覚的に表現しやいという効果もある。

「破調」は、五七五七七の各句の音数よりも多い、もしくは少ないことを指す。破調の中でも、多い場合は「字余り」、少ない場合は「字足らず」である。

この歌で、四句の「人ごみの中に」は七音であるべきところ、八音の「字余り」である。「人ごみの中そを聴きにゆく」というかたちで、助詞「に」を入れなくても十分に歌として成立するにも関わらず、作者はあえて「に」を入れて八音にしている。ここには、下の「鑑賞」で解説するように「人ごみ」を強調する意図があると解釈した方がよい。

「脚韻」は、詩の句末や行末の音を一致させる表現技法である。ラップミュージックでは、脚韻のことをライム(rhyme)と呼ぶ。この歌では以下のように「の」「に」の脚韻が効果的に使われている。

○○○○/○○○○○○○/○○○○/○○○○○○○/○○○○○○

「ふるさとの」「停車場の」「人ごみの」という3つの格助詞「の」脚韻としてスピード感のある流れを生み出している。「人ごみの中に」「そを聴きに」の格助詞「に」脚韻は「い」行の強い調子で下の句を強調している。

前半から中盤にかけての「の」音の連なりから下の句の「に」音の連なりへと調子が急速に変わる印象がある。この基調音の変化によって、歌の主題である「人ごみの中にそを聴きにゆく」に読み手の意識を集中させる効果がある。

これによって前半から中盤にかけての「の」音の連なりから下の句の「に」音の連なりへと調子が急速に変わる印象がある。この基調音の変化によって、歌の主題である「人ごみの中にそを聴きにゆく」に読み手の意識が自然と集中する。

ここまでの内容を表に整理しておく。

表現技法・三行分かち書き
・破調(字余り)
・脚韻
句切れ二句切れ
収録歌集『一握の砂』(1910 年)

鑑賞

この歌に詠まれた停車場は、東京の上野駅だとするのが定説だ。東北への玄関口であり、上京した人、帰郷する人が行き交い、見送りや出迎えの人が集まり言葉を交わすから、ここへ行けば東北弁を容易に聞くことができたからだ。

今なら電話やインターネットがあり、故郷を離れてもいつでも地元の言葉を聞ける。このような通信手段がなかった時代に、岩手県の渋民村から東京に出てきた啄木にとって、この停車場はふるさとの声を聴けて、都会の苦しい生活をひとときだけ忘れてほっとできる場所だった。

文学への憧れと上京

啄木は、文学で身を立てることを夢見て上京を繰り返した。最初は、盛岡中学を中退した直後の1902年。このときは、東京で歌人として活躍する与謝野鉄幹や与謝野晶子と交流し、文芸誌の出版社への就職を希望したが果たせず、さらに高熱を発症したこともあり、半年も経たずに帰郷した。

その後、詩集の出版を相談するため1904年に上京。複数の雑誌に作品を発表し、翌年には詩集の出版にこぎつけるも、売れ行きは低調なため帰郷を余儀なくされた。

1906年に、渋民村で代用教員の仕事を得る。しかし、夏目漱石や島崎藤村に刺激を受け、小説を書くため上京。ここでも作品は売れず、生活苦から帰郷。ストライキを起こしたことから代用教員を免職となり、北海道へ移住。「函館日日新聞」「小樽日報」などの記者を経て、またもや上京を決意。

すでに結婚し子もいたが、家族を函館に残し、金田一京助の世話で1908年に東京・本郷に住居を得た。1909年に、朝日新聞社で校正係の仕事を得る。1910年には第一歌集『一握の砂』を出版。しかし、1912(明治45)年に結核を発症し、父と妻、若山牧水に看取られ、26歳でこの世を去った。結局、啄木が目指した小説や詩では高い評価を得られず、志半ばで斃れた不遇の生涯だった。

「人ごみ」としての「我」

「表現技法・句切れ」で「字余り」と関連して「人ごみ」の強調について指摘した。さらに「に」の脚韻によって、「人ごみ」を含む下の句を強調していることも指摘した。なぜ「人ごみ」は強調される必要があるのか。

それを考えるために、まず「人ごみ」の表記に着目したい。通常は「人込み」と表記し、多くの人で込み合っている状態を意味する。しかし、ここではあえて「人ごみ」という表記が選ばれている。なぜか。「ごみ」という表記と語感が想起させるイメージを重ねるため、というのが私の考えだ。

「人込み」と書く場合、多くの人が集まっているというイメージが強くなるが、「人ごみ」には、「ごみ」の本来の意味である塵芥(ちりあくた)、くず、役に立たないものという意味とイメージが人の群れに重なる。

語り手には、停車場にいるのは、「人々」というよりも「人ごみ」と呼ぶのにふさわしい、そうした種類の人たちであるという認識がある。生活に疲れ、社会の中心からはじき出され、見捨てられた人たちだ。言うまでもなく、語り手自身もそうした「人ごみ」の一員である。

人の群れに紛れて、耳を澄ます。かすかに聴こえてくるのはなつかしいふるさとの訛り。それを話す人たちの一部は、「我」と同じように希望を抱いて都会へ出てきた。別の一部は、夢に手が届かず、都会を去ろうとしている。未来を切り開こうとする人たちと夢を諦めた人たちが交錯する場所。それが停車場だった。

語り手は、停車場に来てお国なまりの会話にふるさとを思い出すと同時に、夢敗れた者たちの姿を見て自らを慰めているのではないか。啄木の不遇の人生を知らずとも、この歌に世の中に対する呪詛の響きを聞くことができる。

語り手を含む「人ごみ」の背後には、このような群衆を大量に生み出した「ふるさと」の存在がある。

「ふるさと」の優しさと過酷さ

「人ごみ」を生み出す「ふるさと」について解説してきた。では、語り手「我」にとって、「ふるさと」はどのような存在だったのか。

『一握の砂』で「ふるさと」は「我」の前に、相反する表情を持って表れる。一つは都会で貧困にあえいでいる我を包み込み、癒やしてくれる優しい表情。もう一つは、我を厳しく突き放し、排除しようとする過酷な表情。「我」のふるさとへの思いは、これら二つの表情の間に引き裂かれている。

「ふるさと」の優しい表情は以下のように詠まれている。

二日ふつか前に山の見しが
今朝けさになりて
にはかに恋しふるさとの山

ふるさとの山に向ひて
言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな

やまひあるけもののごとき
わがこころ
ふるさとのこと聞けばおとなし

『一握の砂』

最初の歌は、「二日前」に見た山の絵が、今朝になって思い出され、急にふるさとの山がなつかしくなるという意味。二番目の歌では、帰郷した際に山を見て、尊く、そして恐れ多いという気持ちになったという。三番目の歌は、病んだ獣のような荒んだ心境だったが、ふるさとの話を聞いて静まったと心情の変化を詠んでいる。いずれの歌でも「ふるさと」は我に肯定的な存在、良きものとして受け止められている。

一方、「ふるさと」の過酷な表情は以下のように詠まれる。

石をもて追はるるごとく
ふるさとをでしかなしみ
消ゆる時なし

ふるさとの
かの路傍みちばたのすて石よ
今年も草にうづもれしらむ

あはれかの我の教へし
子等こらもまた
やがてふるさとをててづるらむ

田もはたも売りて酒のみ
ほろびゆくふるさとびと
心寄する日

小心せうしんの役場の書記の
気のれしうはさに立てる
ふるさとの秋

『一握の砂』

これらの歌には、「我」を含む弱い者たちを冷たく排除する恐ろしい「ふるさと」がリアルに詠まれている。

最初の歌(「石をもて」)では、何らか原因でふるさとの人々から厳しく批判され、村を追い出されたらしいことが分かる。そのことは、繰り返し思い出される心の傷となっている。

二首目(「ふるさとの」)は、路端のすて石に「我」の境遇が重ねられている。我もまたふるさとから捨てられ、いつしか草に埋もれるように忘れ去られるという運命を予感している。

三首目(「あはれかの」)は、「我」が教師をしていたときの教え子のことを詠んでいる。彼らもまた「我」と同様にふるさとを棄てるだろう。そのことは彼らがふるさとから見棄てられることを意味する。ふるさとは、去る者に対して厳しい。

四首目(「田も畑も」)は、ふるさとに貧しさから田畑を他人に売らざるを得ず、その後仕事を得られず酒浸りになった人がいた。その人の境遇に共感する心情を詠んでいる。

五首目(「小心の役場」)は、気の小さい書紀がふるさとで心を病んだと噂されていることを伝える。繊細な心の持ち主は、悪い噂を立てられてしまうというふるさとの現実がある。

停車場の歌に詠まれた「人ごみ」の中には、こうした「ふるさと」を棄て、あるいは棄てられた人たちがいる。「我」は、心の中にある「ふるさと」をなつかしむと同時に、そうした弱い人たちに自分の似姿を見て心を寄せている。「我」はなまりに耳を傾けながら、「ふるさと」から排除された人たちの叫びを聴いている。

参考文献

『別冊國文学No11 石川啄木必携』(学燈社、1981年9月10日発行)
玉城徹『現代短歌鑑賞 鑑賞 石川啄木の秀歌』(短歌新聞社)
近藤典彦『啄木短歌に時代を読む』(吉川弘文館)

国語教科書に出てくる短歌

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