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【作品評】桜庭一樹「少女を埋める」 母と共同体への復讐譚

桜庭一樹「少女を埋める」小説
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連鎖する暴力

冬子が母から受けた暴力は、世代間連鎖によるものである。「祖母は幼い頃に母親を亡くし、継母に虐められて育った」(60)。母はその祖母から暴力を受けていた。

祖母はあの本を読み終わると、母に「引き揚げのとき、船の中でおまえを折檻したんだよ。あのときは悪かったねえ」と言ったという。母もまた暴力を受ける側の子供だったのだ。(60)

このように女が担ってきた暴力の連鎖の末端に、冬子がいる。冬子は既に述べたように離婚して、子供はいない。そのため、暴力の連鎖はここで断ち切られた格好だ。では、冬子が母から引き継いだはずの暴力への衝動はどこへ向かうのか。冬子の暴力は、小説の語りを通して、母へと行使される。つまり、母の暗部を暴露する語りによって、冬子の暴力は表出されるのである。

暴力の連鎖
継母 → 祖母 → 母 → 冬子( → 母

「密室」としての家庭

冬子は、母の暴力について考察を加えている。その際のキーワードとなるのが「密室」である。

家父長制と母子密着は、核家族の両輪として同時に進むものなんじゃないだろうか?社会も、家庭も、男性中心の封建的な形をしていて、だからこそ、理不尽に抑圧された女性たちは子供との密室に篭ってしまう。そういった現代社会の典型的な問題が、わたしの家をも抑圧していたのでは、と。(55)

これが冬子による自身の家族についての社会学的認識であり、社会(共同体)による抑圧の具体的な現象として、母の行動がある。先に引用したように、母は「家庭という密室で子供に暴力をふるうこともあった」(53)また母は、「家庭という密室で怒りの発作を抱えており、嵐になるたび、父はこらえていた」(28)とも説明される。

母は家庭という密室で、怒りの発作を抱え、ときに子供に暴力をふるった。父はそんな母の行動を我慢するしかなかった。そうした母の怒りと暴力は、抑圧された女性が受け継いできたものであり、それこそが家族を解体に追い込んだという図式ができあがる。

冬子は、小説家として成功し、この密室からの脱出に成功した。そして、密室には母と体の弱った父が残される。この時、密室で何が起こるのか。前の世代から受け継いた暴力衝動と怒りの感情を持った母は、父とどう向き合うのか。こうして読者の想像は「暴力」へと誘導されることになる。

逃避としての「疑似家族」

母と父の不仲が深刻だったと伺わせるエピソードが、暴力への想像に拍車をかける。母は父以外の相手と「疑似家族」を作ろうとしていたという。

母はいつも父ではない誰かと疑似家族を作りたがっているように見えていた。性別や年齢に関係なく、時々誰かと恋に落ちるように仲良くなり、東京まで連れてきたりし、わたしに会わせた。まるで娘を含めた三人の疑似家族を作りたくてもがき続けているようだった。(54)

浮気願望の表れとも見える奇妙な行動は何を語るのか。密室での父との生活から逃避することを目的としているようでもあり、相手を娘に会わせるあたりは、「俳優志望」で劇団に所属したこともある母の自己顕示のようでもある。冬子は先の引用の前に「歪んだレンズに映る記憶」と言い訳し、引用の後には、「だからわたしは、この人は父のことをあまり好きじゃないのだと思い違いしていた」と「思い違い」を強調している。しかし、先の「密室」論の文脈からすれば、冬子の「思い違い」ではなく、母は父と離れて、別の家族を作ろうとしていたと理解するべきだろう。

語られない「虐め」の実態

母と父の二人きりになった「密室」で何が起こったのか。読者の想像を補強するのが、母の「虐め」発言である。

いよいよ蓋を閉めるというときになって、母がお棺に顔を寄せ、「お父さん、いっぱい虐めたね。ずいぶんお父さんを虐めたね。ごめんなさい、ごめんなさいね……」と涙声で語りかけ始めた。「お父さん、ほんとにほんとにごめんなさい……」と繰り返す声を、ぼんやり寄りのポーカーフェイスで黙って聞いていた。(43)

この小説の黙説法的な側面については既に指摘した。この母の告白についても、母が父をどのように「虐めた」のか具体的な説明はない。それは当然で、冬子は、「七年実家に帰っておらず、母の声を聞くのも七年ぶりだった」(11)のだから、「密室」で行われたことは知らず、「虐め」の実態を語れないのである。実態を語る代わりに、数行後に読者の想像を誘導する次の一行を置く。

異母妹の百夜を虐め殺した赤朽葉毛毬みたいに……。(44)

「虐め殺した」という言い方は、当然、その前に出てきた母の言葉「虐め」と響き合う。そして母の暴力は、祖母が継母に「虐め」られたところかその連鎖が始まったことを思い出したい。このように、母が亡き父に語りかけた「虐め」という言葉は、暴力を想起するように周到に配置されていることが分かる。ここから、密室で母は父に相当酷い「虐め」を加えた、おそらくは暴力を伴ったと想像するのは自然だ。この「虐め」を「虐待」と受け取った鴻巣の「読み」には理があるというべきだろう。

対抗暴力としての復讐

弱った父を暴力的に虐めそうな人物として母の像に読者の想像力を誘導すること。これこそが小説家である冬子にとって母への復讐を意味するというのが私の考えだ。母から受け継いだ暴力衝動は、母への対抗暴力として送り返されたことになる。

冬子にとって久しく寄り付かなかった実家に帰ることはすなわち、自分を埋めようとした共同体、そして最も身近な共同体的価値の体現者である母と決着をつけることを意味する。その顛末を語ることで、冬子は、母と共同体への復讐を完遂したのである。

※9月15日に2ページ目の文章を公開した

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