【書評】岩井圭也『この夜が明ければ』 現代の“アジール”住み込みアルバイトに集う人々

この夜が明ければカバー小説
スポンサーリンク

アジールとしての住み込みアルバイト

登場人物たちは、 カラフトマス加工場で働きながらも、休みには誘い合ってサイクリングに行ったり、色恋沙汰があったりして、それなりに楽しそうである。そんな中、仲間が死んだことで、警察に通報するか、しないかが大きな問題になる。元警察官だったシュウは、通報を主張し、それ以外は反対した。それぞれ後ろめたい過去があり、警察と関わりたくないからだ。

通報を巡って徹夜の議論を続けるなかで、それぞれが背負ってきた過去を語り出す。誰もが深刻な事情を抱え、やむを得ず短期の住み込みアルバイトを繰り返し、全国を渡り歩いていたことが明らかになる。

短期で次の場所に移動する彼らの姿は、かつて木工や芸能を生業といて全国を巡った漂泊民に重なる。民俗学で語られる漂泊民もまた様々な事情で定住をあきらめ、制度の外側で生きることを選んだ人たちである。こうした現代の漂泊民を受け入れる住み込みアルバイトの現場は、“アジール”に似た機能を果たしている。アジールとは、罪を犯した者などが逃げ込んで保護を受ける場所のこと。日本では、「縁切寺」「駆込寺」と呼ばれた仏教寺院が、アジールの名残りであるとされる。今の社会で、住所不定で身分証明書を提示しなくても働けて賃金を貰える場所があることは、救いでもある。

嫌なこと、辛いことがあっても、死んでこの世を去る前に全てを放り出して逃げ出せばいい。困窮者を受け入れるアジールはどこかにある ―― 。この小説からそんなメッセージを受け取った。

※NetGalleyに掲載された作品を書評した

コメント

タイトルとURLをコピーしました