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【解説】ゼラチンの菓子をすくえばいま満ちる雨の匂いに包まれてひとり 穂村弘 意味・表現技法

ゼリーの菓子とスプーン短歌
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穂村弘の短歌「ゼラチンの菓子をすくえばいま満ちる雨の匂いに包まれてひとり」の解説。この世界から隔てられ、たったひとりでいる感覚が表現されている。しかし、寂しい印象は希薄であり、やさしく包み込まれるような雰囲気が感じられる。

穂村弘の第一歌集『シンジケート』(沖積舎、1990年)の中の同名の連作に収録された一首。

ゼラチンの菓子をすくえばいま満ちる雨の匂いに包まれてひとり

穂村弘『シンジケート』

「シンジケート(syndicate)」は主に2つの意味で使われる。1つは経済用語で、企業の独占形態の一つ。もう1つは、大規模な犯罪組織。連作の中にある以下の一首から、大規模な犯罪組織の意味で使われていると考えられる。

子供よりシンジケートをつくろうよ「壁に向かって手をあげなさい」

『シンジケート』

これは夫婦の会話だろうか。子供を産んで育てるよりも、犯罪組織をつくった方が楽しいと言いたいらしい。人を食った表現でユーモラスだ。

この歌集では、「シンジケート」の歌のようなカギ括弧で会話の言葉を生かした、不思議な雰囲気の歌が多く、また言葉の選択に独特な感覚が見られる。こうした世界観に共感できるかどうかが、表題の歌の理解を左右する。

読みと歌の意味

「ゼラチン」の歌の読みは以下の通り。

ぜらちんの/かしをすくえば/いまみちる/あめのにおいに/つつまれてひとり

意味は「ゼラチンの菓子(ゼリー)を(スプーンで)すくったら雨の匂いが満ちてきて、その匂いに包まれてひとり(でいる)」となる。

表現技法・句切れ

短歌では、表記法として新仮名遣い旧仮名遣いがある。伝統的な短歌は旧仮名遣いが多いが、この歌は新仮名遣いで書かれている。旧仮名遣いの場合、「すくえば」「すくへば」「みちる」「みつる」と表記する。

表現技法としては、五句の「ひとり」で終わる体言止めが使われている。五句は8音で破調(字余り)である。句切れはない。

ここまでの内容を以下の表に整理しておく。

表現技法体言止め、破調(字余り)
仮名遣い新仮名遣い
句切れ句切れなし
収録歌集『シンジケート』(1990年)

語句・文法

「ゼラチン」(英語表記では「gelatin」)はタンパク質の一つで、アミノ酸を多く含む高分子物質。動物の骨、軟骨、皮膚などを煮沸して抽出する。淡色・透明で無味・無臭。ゼラチンを使って作られた菓子が、いわゆるゼリーである。

「すくえば」は、「すくう」の仮定形「すくえば」+順接条件を表す接続助詞「ば」。意味としては、以下の2つが考えられる。

・ある事が起った場合を示す「…したら」「…したところ」

・理由・原因を示す「…ので」「…から」

ここでは、ゼラチンの菓子(ゼリー)をスプーンですくったことと、雨のにおいが満ちてきたことの間には、明確な因果関係があるとは言えない。あくまでも語り手の中だけにある感覚である。従って、ここではある事が起った場合を示す「…したら」の意味であると解釈した。

鑑賞

冒頭に書いたように、『シンジケート』の歌には、独特な感覚を表現したものが多い。「ゼラチン」の歌もそうだ。ゼラチンは、語句のところに書いた通り、無臭である。ゼリーの菓子であっても、フルーツなどの香りがするはずだから、これをスプーンですくったとしても「雨の匂い」に包まれるとは思えない。

しかし、この歌の語り手は、「雨の匂い」を嗅いでいるというのだから、読み手はまずはこの感覚を受け入れるしかない。

共有できない孤独

では、ここで詠まれているのはどのような感覚だろうか。

語り手「我」はテーブルに座っている。目の前にはよく冷えたゼリー。スプーンでひとすくいする。わずかに色のついたゼリーを通して向こう側が見える。ゼリーを通して見る世界は、歪んでいて輪郭があいまいだ。

そこへ湿っぽい雨の匂いが漂ってくる。その匂いに包まれて、この世界にたったひとりでいるような気分になる。今感じている孤独は、誰とも共有できない。

すくい取られたゼラチンの菓子は、世の中から切り離されて、ひとりになった語り手「我」の比喩である。スプーンの上で小さく震えながら、世界を映している自意識である。

体言止めにより「ひとり」でいることが強調されている。しかし、寂しさは不思議と感じられない。「ゼラチン」や「雨の匂い」という言葉に、「我」を柔らかく包み込むようなイメージがあるからだ。

比喩としてのゼリー

『シンジケート』には、もう一首、ゼリーを詠んだ歌がある。

「許さない」と瞳が笑ってるその前にゆれながら運ばれてくるゼリー

『シンジケート』

カフェだろうか。「我」の前には恋人が座っていて「瞳(め)」で笑いつつも、「許さない」と訴えている。しかし、恋人が怒っている原因を、「我」は理解していないらしい。何やら不気味で恐ろしい空気である。そこへ運ばれてくるゼリー。

ゼリーはここでも「我」の比喩である。小刻みにゆれるゼリーは、恋人の怒りに怯える「我」の心情を表現している。話の流れとしては、この後、表題の「ゼラチン」の歌につながるような気がする。

つまり「我」が運ばれてきたゼリーにスプーンを差し込み、「雨の匂い」を感じる。恋人を前にしていながら、「我」は「ひとり」でいる気分を味わっているのだ。

現代の柔らかな孤独がゼリーの切り口に映し出されている。

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