【書評】東野圭吾『沈黙のパレード』感想・あらすじ 司法が無力なとき被害者家族は復讐に立ち上がる

沈黙のパレードカバー小説
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東野圭吾の『沈黙のパレード』の書評。物理学者・湯川学が謎解きに活躍する「ガリレオシリーズ」の第9作目。黙秘を貫いて無罪になった殺人事件の容疑者に対して、遺族は復讐を計画するが……。小説は映画化され、福山雅治主演で2022年9月に公開される予定。

ベストセラー『容疑者Xの献身』で知られる人気作家、東野圭吾の推理小説である。ストーリーの素早い展開と巧妙なトリック、次第に明らかになる謎、そして最後のどんでん返しと、読者を飽きさせない。ガリレオシリーズでお馴染みの警察官、草薙俊平や内海薫が事件を捜査し、湯川学ぶ科学知識を駆使して謎を解明するのもいつもと同じだ。

(※以下、小説の重要な部分に触れているので、未読の方はご注意ください)

この小説で、人を殺しに駆り立てるのは司法に対して抱く無力感である。

大切な家族や恋人を殺されたと想像してほしい。その犯人は罪に問われることなく、すぐ近くで自由に暮らしている。そんな状態をあなたは我慢できるだろうか。

「自白は証拠の王(女王)」――。刑事事件における自白の重要性を示した言葉だ。十分な状況証拠は揃っても、容疑者が自白を拒んだら殺人の罪を問うのは難しい。ここに司法の限界がある。「疑わしきは罰せず(「疑わしきは被告人の利益に)」の原則が、被害者家族を苦しめる事態を引き起こす。実際、殺人の容疑者が黙秘して無罪となったばかりか、 刑事補償金まで手に入れた例が過去にある。

小説では、廃品回収業会社に勤める蓮沼寛一がこの方法で罪を逃れた。彼は、2つの殺人事件に関わった疑いで逮捕された。しかし、いずれのケースでも、警察の取り調べと裁判で黙秘を貫き、無罪判決を勝ち取った。状況証拠は揃っていたものの、「証拠の王」が不在だったからだ。

ここで問題になるのが遺族の感情だ。警察も遺族も蓮沼が殺したと確信している。しかし、黙秘する彼を罰することができない。今後、有力な証拠が見つかる見込みもない。そうなれば、遺族や親しい人たちが自らの手で容疑者を処罰することを止めるのは難しいだろう。この小説の遺族と関係者は、司法が無力なら自分たちが手を下すことは当然と考える。

しかし、遺族にも生活がある。容疑者を殺して、自分たちが罪を問われることはなんとしても避けたい。そこで彼らは手の込んだ方法を計画し、実行に移すことになる。

あらすじ・主な登場人物

並木祐太郎は、東京の郊外にある商店街で居酒屋を営んでいた。彼の娘で、歌手を目指していた娘の佐織が失踪した。その3年後、彼女の遺体が静岡で起こった火事の現場で見つかった。殺人の容疑者として蓮沼寛一が逮捕された。

しかし、蓮沼は取り調べで黙秘を貫き、証拠不十分として無罪となった。蓮沼は23年前にも少女殺害事件で逮捕されたが、このときも黙秘によって無罪になっていた。それだけではない。釈放された蓮沼は、居酒屋を訪れ、逮捕された腹いせに祐太郎に賠償金を要求した。

司法の無力を痛感した祐太郎と彼の幼なじみ戸島修作、佐織の歌手デビューに協力していた音楽プロデューサーの新倉直紀らは、蓮沼への復讐を計画。商店街でパレードが開催される当日に決行する。物理学者の湯川学は、警察から依頼され、犯人と殺害方法の推理に乗り出すが……。

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