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【解説】蛇行する川には蛇行の理由あり急げばいいってもんじゃないよと 俵万智 意味・表現技法・句切れ

釧路川短歌
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俵万智の短歌「蛇行する川には蛇行の理由あり急げばいいってもんじゃないよと」の解説。蛇行する川は、紆余曲折のある生き方や人生の比喩である。ざっくばらんな話し言葉を効果的に取り入れて自分自身を肯定する気分を表現している。

第三歌集『チョコレート革命』に収録の連作「湿原の時間」の中の一首である。

蛇行する川には蛇行の理由あり急げばいいってもんじゃないよと

俵万智『チョコレート革命』(1997年、河出書房新社)

「湿原の時間」は、釧路湿原を訪ねたときに見た風景や心情を詠んだ歌を集めている。従って、「蛇行する川」は釧路川である。上は釧路川の写真だが、実際に大きく蛇行している様子が見て取れる。

読みと歌の意味

歌の読みは以下の通り。
だこうする/かわにはだこうの/りゆうあり/いそげばいいって/もんじゃないよと

歌の意味は、以下の通り。
蛇行する川には、蛇行するだけの理由がある。その川は「急げばいいってもんじゃないよ」と私に伝えているような気がする。

表現技法・句切れ

歌に使われている表現技法を見ていこう。「蛇行」を2回繰り返しているところは、反復法である。

4、5句の「急げばいいってもんじゃないよと」は、少しくだけた話し言葉を使って、歌の語り手「我」が川から受け取ったメッセージとして表現されている。このメッセージを川が「伝えている」または「語っている」ということになる。川がメッセージを伝えている、または語っているところでは、川を人に見立てる擬人法が使われている。これらの動詞はあえて書いていない。つまり省略法である。

第2句「川には蛇行の」は、7音より1音多いので破調(字余り)である。

「鑑賞」で詳しく解説するように、この歌で「蛇行する川」は人の生き方や人生の比喩である。しかし、「生き方」や「人生」という言葉は使われず、解釈は読み手に委ねられている。こうした比喩法「諷喩(ふうゆ)」と呼ぶ。諷喩は、例える事柄だけを言葉にし、例えられる事柄を隠す比喩表現。「寓喩(ぐうゆ)」ともいう。英語は「allegory(アレゴリー)」

例としては「井の中の蛙、大海を知らず」が挙げられる。これは自分の狭い知識や経験にとらわれている人は、他に広い世界があるのを知らないという意味を諷喩によって表現している。「井の中の蛙」は「自分の狭い知識や経験にとらわれている人」、「大海」は「広い世界」をそれぞれ例えているが、それを明示しないで、読み手に推察させるところに表現の面白さがある。

句切れは、「理由あり」で切れる3句切れである。

こうして分析すると、この一首には多くの技法が使われていることが理解できる。ここまでの内容を表に整理しておく。

表現技法反復法、話し言葉、擬人法、省略法、比喩(諷喩)、破調(字余り)
句切れ3句切れ
収録歌集『チョコレート革命』(1997年)

話し言葉を生かす

ところで、「急げばいいってもんじゃないよ」は、実際に発話された言葉ではなく、語り手の心の中に浮かんだ言葉なので「」を付けていない。

歌集には、実際に発話された言葉を「」に入れて詠んだ歌がいくつかある。

「勝ち負けの問題じゃない」と諭されぬ問題じゃないなら勝たせてほしい

ささやかな小道具として買ふ土鍋「今年はチゲが流行るらしいよ」

年下の男に「おまえ」と呼ばれいてぬるきミルクのような幸せ

「結婚することになったよ」「なったんじゃなくてすることに決めたんでしょう」

『チョコレート革命』

これらの歌からも分かるように、俵万智は、話し言葉、中でも会話の言葉を短歌に効果的に取り入れることを得意にしている。俵の第1歌集『サラダ記念日』にも会話と取り入れた歌は多い。中でも以下の3首はよく知られている。

「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

『サラダ記念日』(1989年、河出書房新社)

語句・文法

語句と文法について解説する。

「蛇行(だこう)」は「蛇がはうようにまがりくねっている」という意味。

第3句の「理由あり」の「あり」は文語で、存在を意味する自動詞「あり」の終止形。口語(現代語)では「ある」と表記する。終止形なので、ここが句切れになる。

「あり」の活用形式は「ら行変格活用」で、(ら/り/り/る/れ/れ)と変化する。

鑑賞

釧路川と釧路湿原

先に、この歌が釧路川を詠んだものであると説明した。釧路川は北海道東部にある屈斜路くっしゃろ湖を水源とし、ほぼ南流して釧路湿原を通過し、太平洋に注ぐ。延長154キロ、流域面積2510平方キロ。

釧路湿原は、面積約2万6000haで、釧路平野の約80%を占める日本最大の湿原。タンチョウやオジロワシ、シマフクロウ、エゾシカ、キタサンショウウオ、イトウなどが生息し、貴重な生態系を構成している。

流れが緩やかな釧路川を、カヌーで川下りしながら釧路湿原の自然を堪能できる。「湿原の時間」にも「ゆうらりと浮かぶよカヌー一枚の木の葉のように釧路を下る」とカヌーで下った様子が詠まれている。

釧路川は、蛇行していることから大雨などで水があふれやすく、過去に何度も洪水を起こした。特に1920(大正9)年の大洪水は有名で、記録的な大雨の影響で川がはんらんし、釧路の市街地まで被害が及んだ。その影響で死者・行方不明者10人、住宅などの浸水被害は2000戸以上を記録した。

知られてはならぬ恋愛

「蛇行する川」が人生や生き方の比喩であることはすでに説明した。では、語り手はどのような生き方を選んだのだろうか。それを知るには、歌集の他の歌を見る必要がある。

例えば歌集の冒頭の「だあれもいない」という一連にこんな歌がある。

「優等生と呼ばれて長き年月をかっとばしたき一球がくる」

語り手は、長い間、周囲から「優等生」と見られていた。自身もそうしたイメージを裏切らないように生きてきたに違いない。優等生のイメージが自分を心と体を縛っているような気がして、自由になりたいとずっと思っていた。そうした気持ちが「かっとばしたき(かっとばしたい)」という語に表れている。そこへ、優等生のイメージを吹き飛ばすような「一球」がくる。語り手が待ち望んでいたチャンスである。

それはどんな「一球」なのか。

日曜はお父さんしている君のため晴れてもいいよ三月の空

さりげなく家族のことは省かれて語られてゆく君の一日

父として君を見上げる少女あり淡く鋭く我と関わる

知られてはならぬ恋愛なれどまた少し知られてみたい恋愛

『チョコレート革命』

つまり、語り手にとっての「一球」とは妻子ある男との恋である。「日曜はお父さんしている」「知られてはならぬ恋愛」とはそういうことだ。

「優等生」的な生き方は、生真面目で真っすぐな生き方である。それに対して、妻子ある男を恋愛していると言えば、世の中は眉をひそめる。優等生からは考えられない、道を外した生き方である。このような道を外した生き方を「蛇行した川」に重ねているのだ。

国語教科書に出てくる短歌

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