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【解説】鯨の世紀恐竜の世紀いづれにも戻れぬ地球の水仙の白 馬場あき子 意味・表現技法・文法

鯨(くじら)短歌
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馬場あき子の短歌「鯨の世紀恐竜の世紀いづれにも戻れぬ地球の水仙の白」を解説。この歌が収められた歌集『世紀』には、世界と時代に対する絶望の思いを吐露した歌が目立つ。歌人が「水仙」で表そうとした心情を読み解く。

鯨の世紀恐竜の世紀いづれにも戻れぬ地球の水仙の白 

馬場あき子『世紀』(梧葉出版、2001年12月25日発行)

「水仙の白」が伝えるメッセージとは?

歌の最後に置かれた白い水仙の花。この水仙は何を意味しているのだろうか。地球のどこかに咲いている可憐な花のイメージだろうか。私の理解では、歌人は水仙にかなり重い意味を持たせている。白い水仙の背景にある多様なイメージを読み解くことでこの歌の印象は大きく変わるはずだ。水仙の意味については、「鑑賞」で解説する。

まずは、歌の意味と表現技法、品詞について整理する。

歌の意味

読みは、以下の通り区切る。

くじらのせいき/きょうりゅうのせいき/いずれにも/もどれぬちきゅう/すいせんのしろ

歌の意味を取ることはそれほど難しくない。次のようになる。

鯨の世紀があり、恐竜の世紀があった。どちら(世紀)にも戻れない地球に白い水仙が咲いている。

表現技法・句切れ

冒頭の「鯨の世紀」「恐竜の世紀」では、対句法反復法が、「水仙の白」で終わる体言止めの表現技法が使われている。

さらに、「鯨の世紀恐竜の世紀いづれにも戻れぬ地球の」は、「水仙の白」に掛かる序詞(じょことば)になっている。
句切れは、ない。

ここまでの歌の基本情報は以下の通り。

収録歌集『世紀』
表現技法対句法、反復法、
体言止め、序詞
句切れなし

品詞・文法

文法的に説明が必要なのは、「いづれにも」と「戻れぬ」だろう。

「いづれにも」の「いづれ」は、不定称の指示代名詞で現代文では「いずれ」と表記する。「どれ」「どちら」の意味。「にも」は、場所・時・対象を表わす格助詞「に」+ 全面的であることを表す係助詞「も」。「いづれにも」で「どちらにも」の意味になる。

「戻れぬ」の「戻れ」は、動詞「戻る」の可能動詞「戻れる」未然形。可能動詞は、下一段活用になるので、「戻れ」が未然形である。「ぬ」は否定の助動詞「ず」連体形。「戻れぬ」は、「戻れない」(もどることができない)という意味になる。

鑑賞

水仙は、冬から春に咲く花で、細い茎とやや幅広で細長い葉を伸ばす。主に黄または白の花を咲かせる。中央に筒状の副花冠(ふくかかん)を持つ。

白い水仙
水仙の花

歌を読んだ人が想起するイメージは次のようになる。まず鯨、恐竜という巨大生物が現れ、地球の球体を経由して、可憐な白い水仙の花へと収れんする。そうしたイメージを追いかけるようにして、鯨と恐竜が隆盛を誇った時代があったが、恐竜は絶滅し、鯨は絶滅を危惧されているという思考へと導かれる。ここまでくれば当然、人間はどうかという疑問が浮かぶ。そして、水仙は人間とどうつながるのだろうか。

毒としての水仙

水仙は怖い植物である。シュウ酸カルシウムなどの有毒成分を含む水仙は、誤って食べると中毒を起こすことが知られている。重篤な場合、死ぬこともある。時々、水仙をニラと混同して食べた人が食中毒になりニュースになる。

水仙の学名は「Narcissus」(ナルシス、ナルキッソス)。そう、ギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスに由来する。ナルキッソスは、池に映った自分の姿に見惚れて、彼に思いを寄せる精霊を顧みなかったため、女神ネメシスの怒りを買い、水仙に変えられてしまった。精神分析学の用語で、自己愛を意味する「ナルシシズム」の語源でもある。

可憐で清純無垢なイメージと裏腹な毒性、そして自己中心的な傲慢さを想起させる自己愛。水仙は、こうした意味とイメージをまとっている。このような水仙を「鯨」の歌に当てはめるとどうなるか。私の考えでは、水仙は、ナルキッソスの伝承を経由して、自分たちの都合で多くの種を絶滅に追い込んできた人間の像に重なる。

人間は、自分たちこそこの地球を支配する種であると自認しているが、他の種にとって、そして地球環境にとっても害毒そのものではないか。そのような傲慢な態度では、人間の世紀も長く続かないだろう。

そんな歌人の嘆きがこの歌から聞こえてくる。

滅亡の記号としての水仙

『世紀』には、1999~2000年に詠まれた歌が集められている。20世紀末に歌人は、この世界と時代に対する絶望の思いを強くしていたようだ。「鯨」の歌は歌集冒頭にあり、歌集全体のトーンを示している。他にも人類や世界の終焉を予感させる歌がいくつもある。

おそろしい時代が来るといふ予言木はただ深く花を養ふ

雨に濡れし髪の発光する香あり絶滅のおそれある種のひとつ、ひと

人間が地球からほろびてゆく世紀はじまりてじっとりと鳴く油蝉

アメリカの傘下に溶けた日本の衰滅のこころ日本を忘る

『世紀』

これらの歌は、「鯨」の歌における水仙が、清純なイメージなどでは決してなく、人類と世界の滅亡を示す記号として置かれていることを裏付けている。

国語教科書に出てくる短歌

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