映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』の解説。小説家・太宰治の晩年を妻、二人の愛人との関係を軸に描く。戦後の混乱を背景に、家庭を犠牲にして小説を書き続けた小説家の焦燥と妻の苦悩、愛人たちのプライドを掛けた恋の行方が見どころ。ビビッドな色彩を駆使した映像が美しい。
女たちの反目と共感
晩年の太宰治には、妻のほかに2人の愛人がいた。3人の女は、互いに反目しながらも共感することで強固な三角形を作っていた。太宰は、女たちが作る三角形の磁場の中に閉じ込められると同時に、半ば覚悟の上で突入し逃れられなくなった。その結果が、愛人との入水心中だった。
映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』は、3人の女に太宰が追い詰められていく様子を鮮やかに描き出している。
↑こちらは『人間失格 太宰治と3人の女たち』の予告動画(Youtube)
主な登場人物とキャスト
以下は映画の主な登場人物と演者である。以下の中で佐倉潤一は架空のキャラクターで、新潮社の編集者だった野原一夫と野平健一をモデルにしたと思われる。それ以外の人物は実在する。
- 太宰治(小栗旬) 本名・津島修治。小説家。没落した上流階級の母と娘を描いた小説『斜陽』がベストセラーになり、流行作家になった。自殺や心中を繰り返してきた。肺を病んで吐血を繰り返す。
- 津島美知子(宮沢りえ) 太宰の再婚相手。3人の子持ち。太宰の才能を信じて家庭を守る。
- 太田静子(沢尻エリカ) 太宰の愛人。裕福な家庭の生まれで、『斜陽』の素材となる日記を書く。日記を見せる条件として太宰に子作りを迫る。
- 山崎富栄(二階堂ふみ) 太宰の愛人。美容師として働いていたが、太宰と出会い恋に落ち、秘書代わりとして尽くす。太宰の子を生むことを望んでいたが果たせず、太宰を道連れに入水する
- 佐倉潤一(成田凌) 太宰を担当する編集者。人間失格だと指摘する。
- 坂口安吾(藤原竜也) 戦後に発表した「堕落論」で一躍売れっ子小説家になる。太宰と文学観を共有する。
- 三島由紀夫(高良健吾) 若手の小説家にして大蔵官僚。太宰に批判的。
人物(キャスト)相関図
あらすじ
3人の女を軸に、あらすじを整理する。それぞれの生い立ちなど、映画では説明されていない情報については、猪瀬直樹『ピカレスク 太宰治伝』、長部日出雄『桜桃とキリスト―もう一つの太宰治伝』を参考に補った(※ストーリー後半の内容にも触れています)。
舞台は、戦後間もない東京・三鷹。太宰治は最初の妻・小山初代と別れた後、旧姓・石原美知子と再婚。妻と二人の子供とともにこの地で暮らしていた。
太田静子は、滋賀県愛知川町の大きな医家の出身。医師の父が他界して意向、家運は傾き、一家で上京した。静子は、会社員と結婚し、女の子を出産。しかし、女の子は生後間もなく世を去った。そんな中、太宰の小説を読み、自分の文章を読んでもらいたいと思い、手紙を書いた。それがきかっけで1941(昭和16)年9月、28歳のときに太宰とに会った。
太宰は、他人の日記を使って小説を書く手法を得意としており、今回も小説(『斜陽』)の素材にする腹づもりで静子に日記を書くように助言した。
その後一時途絶えていた交流が戦後になって復活する。太宰は疎開先の津軽から東京に戻り、静子と再会。太宰は静子をバーに連れ出し、そこで日記を渡すように迫った。静子はこの前に手紙で「赤ちゃんがほしい」と太宰に伝えていた。そして、静子は、日記を見せる条件として彼女が当時暮らしていた神奈川県下曽我村の山荘を訪問することを太宰に要求した。
そして山荘で太宰と幾日か夜をともにした静子は望みどおりに妊娠。太宰は静子の日記を手に入れた。ところで映画では描かれていないが、静子は後に、この日記を『斜陽日記』と題して出版した。現在、朝日文庫版と小学館文庫版を入手できる。
太田静子『斜陽日記』(Amazon)山崎富栄は、日本初の美容学校である東京婦人美髪美容学校をお茶ノ水に設立した山崎晴弘の末娘として本郷で生まれた。三鷹の美容院に勤めていた富栄が、太宰と知り合ったのは、1947(昭和22)年3月、27歳のときだった。
当時、太宰は『斜陽』の執筆中であり、静子の妊娠を知っていたが、約束がある以上中絶させることはできず、焦燥が深まっていた。一方、妻美知子は3人目を妊娠中で、出産は間近に迫っていた。そうした状況でありながら、太宰は富栄に好意を抱き「死ぬ気で恋愛してみないか」「君は、僕を好きだよ」と口説いて、接吻した。これ以降、太宰に心酔し、自分の部屋を太宰の仕事部屋に提供するほか、病状の悪化していく太宰を支える。富栄は、執筆中の『斜陽』を読んで、そこに描かれている女性像(静子とその母がモデル)や「恋と革命」というフレーズに共感を覚える。
妻・美知子は、太宰が静子と手紙をやりとしている様子から愛人がいることを認識していた。さらに、富栄と太宰が路地裏で接吻しているところを目撃してもいた。それでも太宰に離婚を迫ることなかった。太宰の才能を信じており、「もう家庭に戻らなくていいです。そんなの意味がないですから。壊せばいいんです。そうしたら書きたいものが書けるんでしょ」「壊しなさい。私たちを。そして本当の傑作を書きなさい」と言ってのける。小説のためなら太宰が家庭を犠牲にしても厭わず、愛人の存在も黙認するという姿勢を貫き、妻としてのプライドを示しつつ、家を守り、子供たちを育てた。
静子は、女の子を出産した。子の認知を求めて、静子の弟が太宰の部屋を訪れた。太宰は、子を治子と命名し、自分の子であると記した証文を静子の弟に渡した。それを知った富栄は、自分も子がほしいと太宰に訴えた。
『斜陽』は発売されるとたちまちベストセラーとなり、太宰は一躍流行作家の仲間入りをした。彼を取り巻く編集者が増えていく。太宰は彼らを酒場に集めては、連日のように騒いでいた。そんなある日、雪の降る日に外出していた太宰は、路上で吐血し、倒れてしまう。そこに偶然通りかかった富栄が太宰を抱き起こす。その場で、太宰は、「全部ぶっ壊して書く、人間失格。書いたら逝こう、一緒に逝こう」と富栄に誓う。そして……。
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女たちの個性と存在感
この映画では、主人公の太宰以上に、3人の女たちの存在感が大きなウエートを占めている。作家を翻弄する2人の愛人、そして裏切られても作家を見捨てない一途な妻、彼女たちの個性を演じ分けられるかが、作品の出来を大きく左右する。
静子は、若くて、世間知らずではあるが、文才や芸術的な感性を持っており、表情は自信に満ちている。富栄は、有能な美容部員であり、実務的な仕事をてきぱきとこなす。性格は生真面目で思い詰める傾向がある。秘書代わりとして晩年の太宰に尽くした。
一方、3人の子を産んだ美知子は、2人の愛人に比べて生活に疲れたたたずまい。才能を信じて、太宰のわがままを許容した。芯の強さを感じさせる。
静子の沢尻エリカ、富栄の二階堂ふみ、美知子の宮沢りえというキャスティングはそれぞれの人物にマッチしており、彼女たちの巧みな演技が、モノクロの写真でしか見たことがない太宰の女たちにリアリティを与えている。
子を欲しがる愛人たち
太宰の晩年に大きな影響を及ぼした2人の愛人は、共に太宰の子を欲しがった点が共通している。しかし、静子は子を手に入れ、富栄は望みを叶えられなかった。子の有無は、二人の明暗を、そして太宰の運命を決定したと言える。
映画では、静子が出版された『斜陽』を手に取り、赤ん坊に乳を与える場面がある。カメラは、子に語りかける静子の誇らしげで満ちたりた表情を捉えた後、乳房越しの子の顔に切り替わる。
一方、富栄は、静子が太宰の子を産んだことを知り、「赤ちゃんがほしい。私もほしい」と太宰にねだる。太宰は「分かった、僕の子供を生んでほしい」と答える。しかし、富栄は妊娠しなかった。富栄は、太宰の仕事場として部屋を提供しただけでなく、看病もした。さらに美容師として得たかなりの蓄えも太宰の飲食のために費やした。
これだけ尽くしても何も手に入れられない。だからこそ愛人のプライドを掛けて、太宰を独占し、添い遂げたいという富栄の思いは強まったように見える。映画では、玉川上水への入水をためらう太宰を、富栄が「ここで死にたいんです」と言って、強引に引きずり込む格好で心中に至る。
もし、富栄が太宰の子を出産していたら、太宰はもう少し寿命を延ばして、いくつかの傑作を残したかもしれない。富栄の報われない愛人としての人生はそんなことを考えさせる。
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参考文献
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