太宰治 あまりの侘びしさにペンが動かなくなりうつむいて涙をこぼし
太宰治が残した「偶然短歌」である。下のように句切って読むと、それらしくなる。二句「しさにぺんが」は六音で字足らずだが、それ以外の句は音数を満たしている。
あまりのわび/しさにぺんが/うごかなく/なりうつむいて/なみだをこぼし
書いても書いても生活は楽にならない。この先どう生きていけばいいのだろう。そんなことを思うとペンを持つ手は止まり、自ずと涙がこぼれる。こうした物書きとして悲哀を詠んだ歌と解釈できる。原稿仕事で生計を立てる人であれば、誰でも理解できる気持ちに違いない。
実はこの偶然短歌は、太宰の『人間失格』から抜き出したもので、漫画の仕事を得た主人公・葉蔵が心情を語る次の一節に含まれる。偶然短歌はPythonで記述したプログラムで抽出した。詳しい方法については、別の記事(【書評】『コピペで簡単実行!キテレツおもしろ自然言語処理』文系濃度高めのPython入門)で解説した。
それこそ「沈み」に「沈み」切って、シヅ子の雑誌の毎月の連載漫画「キンタさんとオタさんの冒険」を画いていると、ふいと故郷の家が思い出され、あまりの侘びしさに、ペンが動かなくなり、うつむいて涙をこぼした事もありました。
『人間失格』
葉蔵は心中事件を起こした後、雑誌編集者のシヅ子の家に転がり込んだ。当初は無職だった葉蔵だが、シズ子が編集する雑誌の連載漫画を描いて原稿料を得ていた。内縁の妻の尽力もあり、生活はなんとか軌道に乗り始めていた。
一方で、どことなく心細さがあった。同棲を始めるに際して、ヒラメ、堀木、シヅ子の三人が協議し、葉蔵は故郷と絶縁させられていたからだ。故郷の方でも、度々問題を起こす葉蔵をやっかい払いしたかった。しかし、葉蔵の心の中には、東北の田舎が常にあり、それを支えにしていた。
だから、ふとした拍子に絶縁したはずの故郷が思い出され、侘しさがこみ上げる。そんな時に、悪友・堀木がやってきて、二人して飲みに出かける。そして安定した生活を放棄してしまう。その繰り返し。
葉蔵にとって故郷とのつながりを断たれたことは、大きな意味を持ち、その後の破滅的な人生に影響を及ぼしている。
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