おそるべき君等の乳房夏来る
西東三鬼『夜の桃』
在宅勤務を続けていると、季節を感じる場面がめっきり減ってしまった。そんななか、久しぶりに出社した。途中で上着を脱いだ会社員や学生とすれ違い、シャツ姿がまぶしく感じられる。そこで思い出したのが、三鬼のこの句である。
句の意味
おそろしいほどの存在感がある君たちの乳房だ。夏が来るぞ。
解説
シャツやブラウスの女性に自然と目がいってしまう男性の心理をずばりと詠んでいる。それだけではない。この句は、更衣(ころもがえ)直後の職場や教室の浮足だった感じをも想起させる。
場面は、通勤電車の中、あるいは学校の教室や夏のプールや海岸を思い出しても良い。私には「来る」が、乳房にもかかっているように思えて、数人の女性が、こちらに向かって進んでくるような映像が浮かぶ。「君等」という言い方には、職場の同僚や同じクラスの生徒に対するような親しみが込められているような気がする。
乳房を「おそるべき」と形容するところが面白い。薄着の女性は胸を誇示しているかのようで、歩く姿は自信に満ちている。そんな女性が放つ存在感に三鬼が気圧されている感じがよく出ている。あるいは三鬼は、夏の女性に畏敬の念を抱いていたのかもしれない。「乳房」と接して置かれた「夏来る」には、人を行動に駆り立てる、この季節に特有のギラギラしたエネルギーさえも感じられる。
一般的には、6月1日から更衣として夏服を着用するようだ。「更衣(衣更え)」は初夏の季語でもあるが、三鬼は、直接にこの語を使わずに、更衣による心情の変化を巧みに表現した。
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